小手風土記には、「小手五岳の一ツ也 古諺に信夫城主佐藤庄司の娘薬師の尊像を屓奉り此峯に登りぬ 其頃糠田村村民十八軒成りしか 一同に霊夢を豪りて互いに奇異の思ひをなし此峯に登りて見るに霊夢に違す 一女薬師の尊像を屓奉る 即仮堂をいとなミしと也 其後薬師堂建立せり 然るに建武年中霊山に北畠源中納言顕家郷在城の砌今の屓見山に迂せしと云々 此女神山は青木峠と陰陽の山にして筑波の女体を移せし山とそ 此山東ハ糠田南ハ手渡西ハ秋山北は小國四ヶ村に根のはりたる山也」
蛇石 釜石 東物見石 西物見石 めかミ山しけき小笹の露つけて
入そむるよりむるゝ袖かな よミ人しらす
山の名の紛わし花の裾もよう 隅左 呂角
透通る女神の山の若葉かな 又水 真丹
笑ひ声玉も寄るなり山桜 保原 冑六
花の香に楢奥床しめかミ山 岱児
また、伊達郡誌には「小手村大字糠田の西部に女神山と云うあり。一名水雲山と言う 上古は御上山と称せり小手郷五岳の一にして男手森山と相対峡する陰陽の名山なる事風土記に録せり」と記されている。
読人不知の古歌二首
女神山顔にもみぢの色まして
伊達に染めなす秋の錦木
女神山しけき小笹の露わけて
入りそむるより濡れる袖或
頂点を形成する火山岩は高さ約3メートル横5メートル程の大石である。この石については、古来天から降った石だとか、日本武尊東征の際にこの山に登り、四方を眺めて腰掛けられた石だとか言い伝えられて決してこの石に登ってはならぬ。登れば必ず雨が降ると言われている。
石宮の後の雨降り石に天然の山桑が一本ある。この桑の芽を五つか六つ頂いてきて、蚕を掃きたてる最初の桑に切り混ぜると良い繭ができると言われている。
蚕が鼠に食われると、これを「夜風」といって女神の明神様に行って、御幣をお借りして途中休まずに家に帰ることになっていた。
蚕を掃きたてる頃になると女神山頂お籠りと言って山麓の主婦たち3、4人で一夜を過ごし或るいは丑の刻参りを続けて養蚕への道の上達を祈願した。
女神山の南西の麓の字小長石地内にあるエドヒガンザクラに属する巨木で、周囲が畑に囲まれた草地にある。樹高約19メートル、目の高さの幹回り5.4メートル、根回り5.1メートル樹齢400年以上の巨木である。この桜は昔から「八幡太郎駒止めの桜」との伝説もあり小手地方有数のサクラである。川俣町指定の天然記念物に指定されている。
秋山の駒ザクラ
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